嚥下機能低下

嚥下機能低下の診断推論

嚥下機能低下(ディスファジア)を訴える患者さんに対する診断推論をステップごとに整理すると、原因の抜け漏れなく効率的に評価できます。

1. 診断推論のステップ

  1. 問診(既往歴・症状詳細)
      • 発症時期/経過(急性か慢性か)
      • 嚥下障害の局面(固形/液体、口腔期/咽頭期/食道期)
      • 嚥下時の咳嗽・むせ、誤嚥性肺炎の既往
      • 体重減少や栄養状態の変化
      • 嗄声や声のかすれの有無
  1. 身体所見・機能検査
      • 口腔内観察(口腔乾燥、舌運動、咽頭の動き)
      • 咀嚼筋・舌筋の萎縮や筋力低下
      • 頚部聴診(嚥下音の異常)
      • 簡易嚥下テスト(3 mL水嚥下テストなど)
  1. 画像・内視鏡検査
      • 嚥下造影検査(VF):口腔期/咽頭期の動態評価
      • 内視鏡的嚥下検査(FEES):残留、誤嚥、咽頭閉鎖機構の観察
  1. 追加検査
      • 神経学的評価:MMT、深部腱反射、神経伝導検査
      • 血液検査:電解質、炎症マーカー、甲状腺機能など
      • 画像検査:CT/MRI(脳梗塞や構造的病変の有無)
      • 内科的評価:心肺機能、消化器疾患のスクリーニング
  1. 鑑別診断の統合
      • 得られた情報を「中枢性」「末梢性」「構造的」「薬剤性」に分類し、主因を特定

2. 中枢性・末梢性神経障害による要因

カテゴリ主な疾患例ポイント
脳血管障害脳梗塞・脳出血(延髄もしくは片麻痺側皮質下)発症急性、片側の感覚・運動障害を伴う
神経変性疾患パーキンソン病、ALS、進行性核上性麻痺進行性/歩行障害や筋萎縮、言語障害を伴う
重症筋無力症抗AChR抗体陽性例抑制性側臥位で改善、抗体検査/テンシロンテスト
脳腫瘍・外傷髄膜腫、脳外傷頭蓋内圧亢進症状、画像で確認

3. 局所構造的原因

カテゴリ主な疾患例ポイント
食道・咽頭癌喉頭癌、咽頭癌、食道癌嚥下痛、声帯麻痺、持続性嗄声
狭窄・瘢痕食道狭窄(逆流性食道炎後)、放射線治療後の瘢痕固形物のみ通りにくい、内視鏡で評価
構築的異常Zenker’s diverticulum、憩室嘔吐様咳嗽、誤嚥、嚥下造影で診断

4. 薬剤性の要因

薬理作用分類主な薬剤例メカニズム
中枢抑制薬抗ヒスタミン薬(第一世代)、抗不安薬(ベンゾジアゼピン)意識レベル低下による嚥下反射遅延
抗コリン作用抗パーキンソン薬(トリヘキシフェニジル)、一部抗うつ薬(三環系など)唾液分泌減少による嚥下前準備不良、口腔乾燥
抗精神病薬フェノチアジン系、リスペリドン口腔周囲筋のジストニア、錐体外路症状による咀嚼・嚥下障害
抗てんかん薬バルプロ酸、フェニトイン中枢抑制・協調運動障害で嚥下協調性低下
麻酔薬・鎮静薬プロポフォール、オピオイド(モルヒネなど)鎮静による嚥下反射抑制、筋緊張低下

5. 環境・全身因子

  • 高齢加齢変化:舌筋・咽頭筋の筋力低下、咽頭感覚の鈍化
  • 認知機能障害:アルツハイマー型認知症、血管性認知症などによる指示理解低下
  • 栄養不良・脱水:筋萎縮促進、唾液分泌低下
  • 口腔ケア不良:口腔内感染や炎症が嚥下を妨げる

6. フローチャート例

7. まとめと治療的介入

  1. 初期対応
      • 食形態の調整(とろみ食、ゼリー食など)
      • 姿勢工夫(側臥位、頚部軽屈位)
  1. 原因治療
      • 中枢性:抗重症筋無力症薬、リハビリテーション(嚥下訓練)
      • 構造:内視鏡的拡張術、手術的治療
      • 薬剤性:薬剤調整
  1. リハビリ・サポート
      • 嚥下リハビリ(リンゲージエクササイズ、バイオフィードバック)
      • 栄養サポート(経管栄養、静脈栄養の検討)
以上のように、「急性vs慢性」「薬剤性チェック」「神経・構造因子の分岐」を軸にステップを踏むことで、嚥下機能低下の原因を包括的かつ効率的に絞り込むことができます。

関連ガイドライン

各ガイドラインでは、薬剤のリスクについて、どのような記載がされているのかまとめた
詳細は各ガイドラインを参照

「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015」

「高齢者に有用性が示唆される我が国の医療用漢方製剤のリスト」解説

(2)半夏厚朴湯
・・誤嚥性肺炎の既往を持つ患者における半夏厚朴湯の嚥下反射に対する影響を RCT で見たところ、有意に嚥下反射を改善した。・・

嚥下障害診療ガイドライン2018年版(旧版)

CQ9 嚥下障害に薬物治療は有効か?
推奨:嚥下障害に対する薬物治療は、パーキンソン病などの原因疾患に対する治療と、嚥下反射の改善などを目的とした病態に対する治療が報告されているが、その有用性に関して確実性の高いエビデンスはない。治療の選択肢として検討してもよいが、今後の臨床研究による検証が求められる。
2024年版がでている
 
 

参考資料