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認知機能

認知機能低下の診断推論

(大まかな流れをイメージできるように、との意図で掲載しています)
 
認知機能低下の診断推論では、まず病歴と発症様式から「急性(数時間~数日)か慢性(数か月~数年)か」「可逆性か不可逆性か」を区別し、そのうえで鑑別を組み立てます。以下のフレームワークに沿って整理してみましょう。

1. 発症様式・時間軸の把握

発症様式目安期間主な鑑別疾患
急性・亜急性数時間~数日~数週Delirium(せん妄) 頭部外傷、脳梗塞・出血代謝異常(低Na, 高Ca など) 感染(髄膜炎、肺炎など) 薬剤性(抗コリン薬、ベンゾジアゼピン系、オピオイド など)
慢性数か月~数年Alzheimer型認知症 血管性認知症 Lewy小体型認知症 Frontotemporal dementia(前頭側頭型認知症) 慢性代謝性・内分泌疾患(甲状腺機能低下症など) うつ病性仮性認知症

2. 鑑別リストと鑑別ポイント

  1. Delirium(せん妄)
      • 発症:急性、波動性
      • 特徴:注意障害・意識レベル変動あり、幻覚・妄想を伴うことも
      • 検査:CAM-ICU などで評価。血液ガス・電解質、感染マーカー、薬歴チェック。
  1. Alzheimer型認知症
      • 発症:緩徐に進行(年単位)
      • 初期:見当識障害・新しい記銘力低下
      • 検査:MMSE/MoCA、MRI で海馬・内側側頭葉萎縮、アミロイドPET・髄液バイオマーカー。
  1. 血管性認知症
      • 発症:階段状(stepwise)進行、神経症状の既往(TIA, 脳梗塞)あり
      • 特徴:歩行障害、尿失禁、前頭葉症候群兆候
      • 検査:MRI で多発ラクナ梗塞・皮質下白質病変。
  1. Lewy小体型認知症
      • 発症:緩徐だが幻視・パーキンソニズム伴う
      • 特徴:認知変動(attention fluctuation)、夢遊行動(RBD)
      • 検査:DAT-SPECT で線条体ドパミントランスポーター低下。
  1. 前頭側頭型認知症(FTD)
      • 発症:比較的若年(50~60代)
      • 特徴:行動異常(脱抑制、共感欠如)、言語障害型もあり
      • 検査:MRI で前頭葉・側頭葉前部の萎縮。
  1. うつ病性仮性認知症
      • 発症:数週間~数か月
      • 特徴:抑うつ気分・興味低下・易疲労感、努力忘却感あり
      • 検査:HAM-D、BDI、抗うつ薬トライアル。
  1. 薬剤性認知機能低下
      • 抗コリン薬、ベンゾジアゼピン系、オピオイド、ステロイド など
      • 特徴:発症様式は薬開始後~増量後に一致。可逆性。
  1. 代謝・内分泌疾患
      • 甲状腺機能低下、ビタミンB₁₂欠乏、低Na血症、高Ca血症、肝性脳症など
      • 検査:TSH, FT4, ビタミンB₁₂, 電解質, 腎肝機能。

3. 検査プラン例

  1. 基本検査
      • 血算、生化学(電解質、肝腎機能、甲状腺ホルモン、ビタミンB₁₂)
      • 尿検査、感染マーカー(CRP)、血ガス(必要時)
  1. 画像検査
      • 頭部MRI(萎縮・血管病変の有無)
      • 必要に応じて CT、DAT-SPECT、アミロイドPET
  1. 認知機能評価
      • MMSE, MoCA, HDS-R
      • せん妄評価:CAM-ICU, DRS-R-98
  1. 精神科的評価
      • 抑うつ・不安尺度(HAM-D、GDS など)
      • 睡眠行動異常(RBD 質問票)
  1. 神経心理検査
      • 詳細な記憶・実行機能・注意機能検査(WMS, TMT, Stroop など)

4. 診断推論の流れ

  1. 発症様式と既往歴の把握 → 急性ならせん妄,慢性なら神経変性や血管障害を優先
  1. 薬歴・全身疾患チェック → 薬剤性・代謝性の可逆性要因を評価
  1. 臨床所見の整理 → 行動異常・運動症状・精神症状の有無で細かく絞り込む
  1. 検査結果の統合 → 画像・検査データをもとに仮説検証
  1. 確定診断 or 継続フォロー → 不可逆性疾患では早期介入とケアプラン作成
このように、「いつから」「どのような経過」「併存疾患・薬剤」「主な神経症状や精神症状」をひもときながら、多段階で「可逆性かつ急性」「慢性かつ不可逆性」「うつ病性か薬剤性か」などを区別していくのが診断推論のポイントです。

原因薬剤と機序

  • 高齢者ではこれらの薬剤による認知障害リスクが増大するため、投与前に認知機能ベースラインを評価し、不要な併用・長期投与を避けることが重要
  • 薬剤性が疑われる場合は、可能であれば漸減・漸止を検討し、認知機能の改善をモニタリング

原因薬剤

原因薬剤一覧
「多職種連携推進のための在宅患者訪問薬剤管理指導ガイド」に記載されている原因薬剤一覧

○ 一般名毎

ガイドライン

各ガイドラインでは、薬剤のリスクについて、どのような記載がされているのか
詳細は各ガイドラインを参照

認知症疾患診療ガイドライン2017

ガイドラインの中で、認知機能低下を誘発しやすい薬剤のカテゴリーと薬剤リストが示されている。
  • 認知機能低下を誘発しやすい薬剤のカテゴリー
    • 向精神薬
      • 抗精神病薬
      • 催眠薬
      • 鎮静薬
      • 抗うつ薬
    • 向精神薬以外の薬剤
      • 抗パーキンソン病薬
      • 抗てんかん薬
      • 循環器病薬(ジギタリス、利尿薬、一部の降圧薬など)
      • 鎮痛薬(オピオイド、NSAIDs)
      • 副腎皮質ステロイド
      • 抗菌薬
      • 抗ウイルス薬
      • 抗腫瘍薬
      • 泌尿器病薬(過活動膀胱治療薬)
      • 消化器病薬(H2受容体拮抗薬、抗コリン薬)
      • 抗喘息薬
      • 抗アレルギー薬(抗ヒスタミン薬)
      • 青文字は、GLには掲載されているが、「在宅医療で遭遇しやすい薬剤起因性老年症候群の原因薬の一覧」には含まれていない薬剤
 

「多職種連携推進のための在宅患者訪問薬剤管理指導ガイド」

「多職種連携推進のための在宅患者訪問薬剤管理指導ガイド」の中で、認知機能低下を引き起こす可能性のある薬剤一覧には、以下の薬剤が挙げられている。
  • 降圧薬(中枢性降圧薬)
  • 降圧薬(α遮断薬)
  • 降圧薬(β遮断薬)
  • 睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン作動薬)
  • パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)
  • 抗うつ薬(三環系)
  • てんかん治療薬
  • 抗精神病薬(フェノチアジン系)
  • 抗ヒスタミン薬(第一世代のみ)
  • ヒスタミン H2 受容体拮抗薬
 
 

「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015」

「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015」の中で高齢の患者に使用すると認知機能障害(せん妄・認知機能低下・認知症)をきたす可能性のある薬物として挙げられている薬剤には、以下のものがある。
  • 抗コリン作用を持つ薬物フェノチアジン系などの抗精神病薬、三環系抗うつ薬、パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)、第一世代ヒスタミンH1受容体拮抗薬、ヒスタミンH2受容体拮抗薬、頻尿治療薬など]:減量または中止を検討(エビデンスの質:中、推奨度:強)
  • 向精神薬抗不安薬、抗精神病薬、睡眠薬、抗うつ薬):抗コリン作用と同様、認知機能障害と関連する可能性がある(エビデンスの質:低、推奨度:弱)
  • ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬、オキシブチニン:せん妄・認知機能低下・認知症発症に関連することが強く示されている(エビデンスの質:高、推奨度:強)
 
この中で特に注意すべき薬剤は、抗コリン作用をもつ薬物
 

超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方の手引き [2] 認知症

高齢の患者に認知機能障害を生じさせやすい特に慎重な投与を要する薬物のリスト
  • 三環系抗うつ薬
    • アミトリプチリン、クロミプラミン、イミプラミンなどすべての三環系抗うつ薬
    • 可能な限り使用を控える
  • パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)
    • トリヘキシフェニジル、ビペリデン
    • 可能な限り使用を控える。 代替薬:L-ドパ
  • オキシブチニン(経口)
    • オキシブチニン
    • 可能な限り使用しない。 代替薬として他のムスカリン受容体拮抗薬
  • ヒスタミンH1受容体拮抗薬(第一世代)
    • すべてのH1受容体拮抗薬(第一世代)
    • 可能な限り使用を控える
  • ヒスタミンH2受容体拮抗薬
    • すべてのH2受容体拮抗薬
    • 可能な限り使用を控える。 特に入院患者や腎機能低下患者では必要最小限の使用にとどめる。
  • ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬
    • フルラゼパム、ハロキサゾラム、ジアゼパム、トリアゾラム、エチゾラムなどすべてのベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬
    • 長時間作用型は使用するべきでない。 トリアゾラムは健忘のリスクがあり使用するべきでない。 ほかのベンゾジアゼピン系も可能な限り使用を控える。 使用する場合最低必要量をできるだけ短期間使用に限る。
 

薬効群ごとの解説

降圧薬

Q. 降圧薬治療は認知機能低下リスクがあるのか?
A. 降圧薬治療と認知機能低下リスクについては、誤解されていることが多いです。
現在では、高血圧がアルツハイマー型認知症のリスクであるため、降圧薬治療をすることによって、認知症を予防するメリットの方が高いと考えられています。
ただし、高齢者においては、他の副作用が出現する可能性を考慮して、使用する降圧薬の種類・用量を考慮した上で使用されています。
「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015」
  • 降圧薬治療による認知機能低下リスクについて、記載なし
高血圧と認知症
  • 高血圧は脳血管性認知症のリスク因子であるほか、アルツハイマー病も高血圧との関連性が報告されている(高血圧ガイドライン)
  • 降圧薬治療と認知機能の関連について
    • 降圧薬治療によって、認知機能低下を抑える可能性が示唆されている
    • メタアナリシスによって、降圧薬使用者は、アルツハイマー病リスクが6%低下していた。この効果は、特にARBでは顕著であり、22%低下していた。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36281676/
    • 一般の高齢者を対象としたコホート研究(オランダ、133,355人)において、1988年から2022年の期間において、133,355人の降圧薬使用者のうち、4.4%が認知症を発症した中で、ACE阻害薬と比較して、ARB(HR=0.86)、CCB(HR=0.77)、サイアザイド利尿薬(HR=0.65)が認知症リスクを有意に低減させた。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38800111/
  • ただし、高齢者には注意が必要な降圧薬がある(他の有害事象との関連)
    • 中枢性降圧薬:
    • α遮断薬:高齢者では起立性低血圧に特に注意
    • β遮断薬:高齢者において禁忌や使用上の注意が必要な場合が多いため、慎重に投与
      • 呼吸器疾患の悪化に注意
 

抗てんかん薬

Q. 抗てんかん薬治療には認知機能低下リスクがあるのか?
A. てんかんは、神経細胞が過剰に興奮して、異常放電しているため、てんかん発作をきたす病態です。抗てんかん薬は、神経細胞の過剰な興奮を抑制することで、てんかん発作を押さえる薬です。
そのため、抗てんかん薬は中枢神経を抑制するため、眠気やふらつきの副作用が出現する可能性があります。この作用から、認知機能に影響する可能性がある薬剤もあります
対策として、副作用を最小限に抑えるため、飲み始めは少量から徐々に増量していき、効果のでる最小限の量で治療します。
「多職種連携推進のための在宅患者訪問薬剤管理指導ガイド」
  • ガイドには、てんかん治療薬について、認知機能低下リスクがある薬剤として以下のものが挙げられている。
    • 分類薬剤(一般名)
      てんかん治療薬アセチルフェネトライド
      エトスクシミド
      エトトイン
      ガバペンチン
      カルバマゼピン
      クロナゼパム 
      クロバザム
      ジアゼパム
      スチリペントール
      スルチアム
      ゾニサミド
      トピラマート
      トリメタジオン
      ニトラゼパム
      バルプロ酸ナトリウム
      ビガバトリン
      フェニトイン
      フェノバルビタール
      フェンフルラミン塩酸塩
      プリミドン
      ペランパネル水和物
      ホスフェニトインナトリウム水和物
      ミダゾラム
      ラコサミド
      ラモトリギン
      ルフィナミド
      レベチラセタム
*分類が複数にわたる医薬品
てんかん診療ガイドライン2018
てんかん診療ガイドラインには、下記のように記載されています
CQ3-6 内科疾患の合併時の選択薬はなにか ③・・・フェノバルビタール、ゾニサミド、カルバマゼピン、トピラマートでの認知機能の低下・・・が報告されている (該当部分のみ抜粋) てんかん診療ガイドライン2018