抗アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体
抗アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体
抗Aβモノクローナル抗体とは、アルツハイマー病(AD)の病態の一因とされるアミロイドβ(Aβ)の脳内蓄積を標的にし、Aβを可溶化あるいは除去することで神経細胞への毒性(エキサイ毒性)を軽減しようとするヒト化またはヒトモノクローナル抗体薬です。
これにより、Aβプラークや可溶性プロトフィブリルなどの神経毒性を持つ凝集体を減少させ、認知機能低下の進行を抑制することを目的とします。
- Aβへの高親和性結合
- 抗体分子がAβペプチドの特定部位(プロトフィブリルやC末端修飾型など)に選択的に結合し、Aβの凝集やプラーク形成を抑制します。
詳細
- マイクログリア介在性クリアランス
- 抗Aβ抗体とAβが複合体を形成すると、マイクログリアがFc受容体を介してこれを食作用し、Aβを貪食・分解します。
- これにより、脳内のAβ負荷が低下し、神経細胞周囲のエキサイ毒性を軽減すると考えられています。
- プラーク安定性低下と可溶化
- プラークに結合した抗体が凝集体を不安定化させることで、可溶化されたAβが脳脊髄液中に移行しやすくなり、最終的に血中へクリアランスされるメカニズムも示唆されています
抗Aβ抗体には、主に「結合標的」と「結合部位」の違い、さらに「投与方法や用量設定」による薬理的差異があります。
- 結合標的の違い
- 可溶性プロトフィブリル(Protofibril)標的型
- レカネマブ(Lecanemab):可溶性プロトフィブリルに高い親和性を持ち、プラーク形成前段階の凝集体を除去することで早期ステージの病態進行抑制を狙います。
- 特徴:比較的軽度~中等度ADの段階で有効性が示され、プラーク負荷の減少とともに認知機能や日常生活動作の維持効果が報告されていますeisai.co.jpeisai.co.jp。
- 修飾Aβ(pGlu-Aβ)・プラーク標的型
- ドナネマブ(Donanemab):N末端がピログルタミル化されたAβ(三次構造上の結晶化傾向が高く、病態進行に強く寄与するとされる)を選択的に結合し、既存プラークから除去を促進。
- 特徴:ピログルタミル化Aβの除去により、プラーク全体の減少が速やかに生じることが示唆されており、用量反応性を含む臨床試験で有意なプラーク減少が観察されていますfukushishimbun.comkakigi.jp。
- プラーク全面除去型
- アデュカヌマブ(Aducanumab):中型から大型のAβオリゴマーおよび不溶性プラークを結合し、除去を図ります。現在、日本国内では承認されていませんが、米国FDA承認を受けています。
- 特徴:プラーク除去効果はあるものの、臨床的有効性や副作用プロファイルが議論されており、日本国内では未承認のままです。
詳細
- 投与方法・用量設定の違い
- レカネマブ(レケンビ®)
- 静注後維持:通常、初期投与期間は2週間ごとに10mg/kg静注し、その後週1回360mgを皮下注射で維持します(米国ではオートインジェクターを用いて自宅投与の開発も進行中)eisai.co.jpbiogen.co.jp。
- ドナネマブ(ケサンラ®)
- 月1回静注:初期投与は700mg(350mg×2回間隔1週間)静注後、以降は毎月700mg静注の投与スケジュールが一般的です。
- 薬価制度上の制約:日本では投与期間が最長1.5年間と定められており、半年ごとに認知機能検査やバイオマーカー評価を行い、一定の効果がみられない場合は中止を検討する必要がありますfukushishimbun.comminnanokaigo.com。
- 薬物動態の特徴
- 抗体薬は一般にバイオアベイラビリティが高く、分布容積は狭い(血中中心)。脳内移行は限られるものの、BBB(血液脳関門)を経て一定量が到達するとされます。抗Aβ抗体は中心複合薬物動態モデルを用い、脳内移行および脳脊髄液内濃度が時間経過とともに安定することが確認されています。
- 半減期は数週間から数十日に及び、維持投与間隔を週1回(レカネマブ)や月1回(ドナネマブ)に設定できる。
抗Aβモノクローナル抗体は、主に以下のアルツハイマー病段階で使用されます。
- 軽度認知障害(MCI)および軽度認知症期のAD
- レカネマブ(レケンビ®):MCIまたは軽度認知症を呈し、PETや脳脊髄液検査でアミロイド陽性と確認された患者が対象。国内外のClarity AD試験で、MCI~軽度ADにおいて認知機能およびADLの進行抑制が示されましたeisai.co.jpeisai.co.jp。
- ドナネマブ(ケサンラ®):同様にMCI~軽度ADの段階で対象とし、プラークリダクションと認知機能維持効果が示唆されています。日本では承認条件として「軽度の認知症とMCIの患者を対象」に明記され、投与期間は最長1.5年と定められていますfukushishimbun.comminnanokaigo.com。
詳細
- 中等度~高度AD
- 日本では中等度以上のAD段階での単剤投与は適応外です。臨床試験データでも、軽度AD段階より進行した症例では臨床的有効性が減少する傾向が示されており、国内外のガイドラインでも「早期介入」が推奨されています。
- 適応外使用(臨床試験・研究段階)
- 加齢性認知症全般やレヴィ小体型認知症、血管性認知症等ではエビデンスが不足しており、保険適用外。臨床試験等で検討される可能性はあるものの、現在のところ公式な適応には含まれていません。
抗Aβ抗体投与にあたっては、以下の注意点および副作用が知られており、発現時には適切な対策が求められます。
6-1. ARIA(Amyloid-Related Imaging Abnormalities)
- 概要
- 抗Aβ抗体の投与により、脳内のAβ沈着が急速に減少すると、脳血管周囲や血管壁の透過性が亢進し、一過性の脳浮腫(ARIA-E)や微小出血(ARIA-H)が発生することがあります。
- 発現頻度
- レカネマブ:Clarity AD試験では、MRIモニタリングを行ったうえで、ARIA-Eの発現率が約12%前後、うち臨床症状を伴う重篤例は1~2%程度と報告されています。AYA族やアポEε4ホモ接合の患者で発生率が高くなる傾向ありeisai.co.jpeisai.co.jp。
- ドナネマブ:Trailblazer-ALZ試験では、ARIA発生率が約20~30%とやや高く、重篤例は数%であったと報告されています。特にアポEε4ホモ患者でリスク増加が顕著ですfukushishimbun.comkakigi.jp。
- 対策
- 事前MRIスクリーニング:投与前に頭部MRI(T2-FLAIR、GRE/SWI、T1強調後など)を実施し、基礎的な微小出血や脳白質病変を評価。
- アポE遺伝子型チェック:アポEε4ホモ接合者はARIAリスクが高いため、用量調整やより頻繁なMRIフォローアップを検討。
- 定期的MRIモニタリング:
- レカネマブ:投与開始1か月後、その後3か月ごとなど少なくとも投与半年間はMRIを実施。
- ドナネマブ:初回投与後1か月、その後も6か月ごとMRI実施し、ARIA-E/H発生時は一時中断または減量を検討。
- 臨床症状観察:ARIA発生時には頭痛、嘔気、意識混濁、運動失調などの神経学的症状をモニタリングし、異常時は速やかに専門医にコンサルト。
6-2. アレルギー反応・注射部位反応
- 発現例:発赤、腫脹、疼痛などの局所症状。全身性では発疹、かゆみ、蕁麻疹、アナフィラキシーショック(極めて稀)。
- 対策:初回投与時は半量投与などで副作用リスクを軽減しつつ、監視下で投与。注射部位は清潔に保ち、アレルギー反応出現時は抗ヒスタミン薬やステロイドを検討。
6-3. 頭痛・めまい・倦怠感などの非特異的副作用
- 発現例:頭痛、めまい、倦怠感、関節痛など。いずれも軽度~中等度だが、場合によっては投与量調整や症状緩和のための支持療法(鎮痛薬、めまい薬など)を行う。
- 対策:症状が軽度であれば経過観察。中等度以上の場合は投与間隔を延長するか、一時的に中止し、症状改善後に再開を検討。
6-4. 出血リスク
- 概要:ARIA-H以外にも、既存脳血管病変や抗凝固薬・抗血小板薬併用例では、微小出血以外の出血リスクが増加する可能性。
- 対策:投与前に抗凝固・抗血小板薬の内服状況や脳血管イベントの既往を確認し、併用が不可避な場合はより厳格なMRIフォローアップを行う。
6-5. その他の注意点
- 感染症リスク
- 注射部位からの細菌感染に要注意。無菌操作を徹底し、発熱・感染徴候があれば速やかに対応。
- 費用・保険適用条件
- いずれの薬剤も高額であり、日本の薬価制度上、公定価格や適応条件(MCI・軽度ADのみ、投与期間制限など)が厳格に定められています。患者負担や医療機関の収載手続きについては、導入前に十分なインフォームド・コンセントが必要です。
- 臨床効果判定
- 6か月ごとの認知機能検査(MMSEなど)やADL評価、バイオマーカー(脳脊髄液Aβ・タウ、PET画像)を用いて効果判定を行い、一定基準を満たさない場合は中止を検討。
抗Aβ抗体には複数の製品があり、適切な使い分けを行うためには、以下のようなポイントを総合的に検討します。
- 結合標的および効果機序の違い
- レカネマブ(レケンビ®)
- 可溶性プロトフィブリルを選択的に除去することで、プラーク形成前の段階からアプローチし、早期ADの進行抑制効果を期待。
- 臨床試験(Clarity AD)では、軽度AD患者で認知機能低下率が有意に低下し、プラーク量減少も示されました。ARIA発生率は比較的低く抑えられており、週1回の皮下注射で在宅投与可能になる自動注入器開発が進行中ですeisai.co.jpeisai.co.jp。
- ドナネマブ(ケサンラ®)
- ピログルタミル化Aβを標的とし、既存プラークの除去効果が速く、大規模プラーク負荷のある症例で短期間にプラーク量を低下させる傾向あり。
- ただし、ARIA発生率はやや高く、特にアポEε4ホモ患者での発生リスク増加に注意が必要。月1回静注に加え、半年ごとに効果判定があるため、用量・投与期間を比較的厳格に管理する必要がありますfukushishimbun.comkakigi.jp。
- 投与スケジュール・投与期間の違い
- レカネマブ:
- 初期2週間隔の静注後、週1回360mg皮下注射で維持。注射部位反応も少なく、在宅投与を視野に入れた自動注入器(SC-AI)導入が検討されている。
- 投与中は少なくとも半年間は連続投与が推奨され、その後も効果継続が確認されれば投与延長が可能。
- ドナネマブ:
- 初回350mg×2回間隔1週間の静注、以降は月1回700mg静注。半年ごとに認知機能検査を行い、進行抑制効果が認められない場合は最長1.5年で中止。
- 投与期間が1.5年と厳格に定められているため、投与計画を立てる際は中止要件を加味する必要ありfukushishimbun.comminnanokaigo.com。
- 副作用リスクプロファイル
- ARIA発生率の差:
- レカネマブの方がややARA発生率が低く、アポEε4保有者でも安全性が比較的高いデータが示されています。
- ドナネマブはプラーク迅速除去効果によりARIA発生率が高めであり、アポEε4ホモ患者では特に慎重投与が必要です。
- アレルギー・注射部位反応:
- いずれも抗体薬であるため注射部位反応は共通の副作用ですが、レカネマブは皮下注射導入により、局所反応が軽減される傾向があります。
- 適応患者の選定基準
- アポEε4遺伝子型:
- 高リスク群では用量調整やMRIフォローアップ頻度を増やすなど、レカネマブとドナネマブで対策が異なる。
- プラーク負荷量:
- ドナネマブは既存プラーク量が多い患者でのプラーク低減効果が強み。一方、レカネマブは早期段階から投与し、進行抑制を狙う戦略に適する。
- 投与継続の可否:
- レカネマブは在宅投与を視野に入れたSC-AI導入が進み、高齢者や通院困難な患者にも適している。
- ドナネマブは月1回入院または外来での静注が必要であり、通院可能な患者向け。
- 医療経済的観点
- いずれも年間医療費が数百万円規模であり、コスト対効果を考慮した上で、新規投入予算や保険償還条件などを踏まえた処方決定が必要です。
- 医師・介護者・患者の負担軽減を図るため、治療開始前に家族含めた十分な説明(費用負担、効果判定基準、副作用管理体制など)を行い、共通理解を得ることが重要です。
ポイント:
抗アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体は、アルツハイマー病の根本病態に介入し得る疾患修飾薬として期待されています。日本では主にレカネマブ(レケンビ®)とドナネマブ(ケサンラ®)が承認され、それぞれ結合標的や投与方法、ARIAリスクプロファイルが異なることで使い分けのポイントが明確化されています。治療効果を最大化しつつ副作用リスクを最小化するためには、以下の点を総合的に評価し、個別化された投与計画を立てることが求められます。
- 適応段階と適応基準:軽度認知障害(MCI)~軽度認知症期のADで、PETやCSFによりアミロイド陽性を確認した症例が対象。
- 結合標的と薬理学的特徴:可溶性プロトフィブリル標的(レカネマブ)か、ピログルタミル化Aβ標的(ドナネマブ)かでプラーク除去速度やARIA発生リスクが異なる。
- 用量・投与スケジュール:週1回皮下注(レケンビ®)/月1回静注(ケサンラ®)といった投与間隔や投与期間制限(ドナネマブは最長1.5年など)を踏まえる。
- 副作用管理:ARIAへのプリエンプティブなMRIスクリーニング・フォローアップ、アポEε4遺伝子型チェック、注射部位管理、認知機能モニタリングなどを徹底。
- 医療経済的負担とインフォームド・コンセント:高額医薬品であるため、患者・家族への治療目的・費用負担・モニタリング要件について十分な説明を行い、継続可能性を評価。
今後も国内外の臨床試験データ、リアルワールドエビデンス、保険償還改定情報などを注視しつつ、患者ごとのリスク・ベネフィットを評価したうえで、最適な抗Aβ抗体治療を選択してください。
🔍 基本比較表
| 項目 | レケンビ(レカネマブ) | ケサンラ(ドナネマブ) |
|---|---|---|
| 一般名 | レカネマブ(lecanemab) | ドナネマブ(donanemab) |
| 商品名 | レケンビ(Leqembi) | ケサンラ(Kisunla) |
| 会社 | エーザイ・Biogen | イーライリリー |
| 承認状況 | 日本(2023年)・米国(2023年FDA正式承認) | 米国(2024年6月FDA正式承認)・日本(2024年11月販売開始) |
| 対象患者 | 軽度認知障害(MCI)〜軽度アルツハイマー型認知症 | 軽度アルツハイマー型認知症(早期AD) |
| 投与経路 | 静脈内投与(IV) | 静脈内投与(IV) |
| 投与間隔 | 2週間に1回 | 4週間に1回 |
| 抗体のターゲット | 可溶性および不溶性のAβプロトフィブリル | 不溶性Aβプラーク |
| 有効性 | CDR-SBで臨床悪化を27%抑制(CLARITY-AD試験) | CDR-SBで臨床悪化を35%抑制(TRAILBLAZER-ALZ2試験) |
| 治療終了の目安 | 継続投与が想定されている | 脳内Aβプラークが十分除去されたら終了を検討可能(PETによる確認) |
| 主な副作用 | ARIA(浮腫・出血)、頭痛、インフル様症状など | ARIA(とくに浮腫・出血の頻度や重症度がやや高め) |
| APOE4保有者への影響 | ARIAリスク増加(遺伝子型により要注意) | 特にAPOE4保有者ではARIAリスク高い(中止率も高い傾向) |
🧠 ARIA(Amyloid-Related Imaging Abnormalities)に関して
| 項目 | レケンビ | ケサンラ |
|---|---|---|
| ARIA-E(浮腫)発現率 | 約12%(APOE4ホモ接合型で増加) | 約24%(APOE4保有でより高率) |
| 重篤なARIA発現率 | 低いが存在(脳出血例あり) | 若干高め(死亡例報告あり) |
| 対応 | 定期的なMRIモニタリング推奨 | より厳密なMRIモニタリングが必要とされる |
| 用語 | 説明 | 毒性 |
|---|---|---|
| Aβモノマー | 単体のアミロイドβ | ほぼ無毒 |
| Aβオリゴマー | 2〜10個程度の少数集合体 | 高毒性 |
| Aβプロトフィブリル | 線維化前の中間体(可溶性) | 高毒性(特に重要) |
| Aβフィブリル | 不溶性の線維状構造 | 比較的低毒性 |
| Aβプラーク | 脳内に沈着する固形成分 | 慢性炎症源(必ずしも毒性の主因ではない) |
単量体が凝集し、上から下へ凝集する