Rochon PA, BMJ. 2026

Title(英語・日本語)

English: Exploring high priority potentially inappropriate prescribing cascades in older adults: population level retrospective cohort study
日本語: 「高齢者における優先度の高い潜在的不適切処方カスケードの探索:集団レベル後ろ向きコホート研究」
本研究は、高齢者で起こり得る「処方カスケード(prescribing cascade)」のうち、集団レベルで特に優先して注意・介入すべき組み合わせを、実際の処方データから定量的に選別した研究である。

Journal Name & Publication Year

The BMJ, 2026年
Volume 394, e100499。2026年9月10日公開である。DOIは 10.1136/bmj-2026-100499 である。

First and Last Authors

First author: Paula A Rochon
Last author: Vasily Giannakeas

First Affiliations

Weston and O'Born Centre for Mature Women's Health, Sinai Health System, Toronto, ON, Canada

Abstract

研究目的は、高齢者における**potentially inappropriate prescribing cascade(潜在的不適切処方カスケード:PIPC)**について、①起点となる薬剤の集団内有病率、②その後に別の薬剤が追加される頻度、③2剤の開始時期の時間的関連性、という3つの観点から優先順位を付けることである。
研究対象は、カナダ・オンタリオ州で2022年1月1日時点で生存していた66歳以上の地域在住高齢者2,297,942人であり、女性は54.3%であった。2025年に国際専門家Delphi法によって同定された65種類の潜在的不適切処方カスケードを解析した。
優先対象となる条件は、
  • 起点薬の集団有病率 ≥5%
  • 処方カスケード発生率 ≥1%
  • adjusted sequence ratio >1
  • さらに、それぞれについて95%信頼区間の下限が対応する閾値を上回る
ことであった。
65種類中、**24種類(37%)**が3条件すべてを満たした。最も発生率が高かったカスケードは、鉄剤→下剤 11.9%(95% CI 11.7%–12.1%)、HMG-CoA還元酵素阻害薬→鎮痛薬 10.9%(10.7%–11%)、**コリンエステラーゼ阻害薬→睡眠薬 10.3%(9.9%–10.7%)**であった。
時間的関連性を示すadjusted sequence ratioが最も大きかったのは、コルチコステロイド→抗精神病薬 2.55(95% CI 2.47–2.64)、下剤→止瀉薬 2.53(2.43–2.65)、**コリンエステラーゼ阻害薬→制吐薬 2.24(1.90–2.65)**であった。

Background

処方カスケードとは、ある薬剤による副作用や症状を新たな疾患と誤認し、それを治療するために別の薬剤を追加する現象である。例えば薬剤Aによって症状Xが生じ、その症状Xに対して薬剤Bを追加すると、患者は本来不要かもしれない薬剤Bまで服用することになる。
この問題は、複数疾患を有し多剤併用になりやすい高齢者では特に重要である。処方カスケードが認識されないと、さらに薬剤数が増加し、新たな副作用、服薬負担、薬物相互作用などにつながる可能性がある。
これまで処方カスケード自体は多数提案されてきたが、どのカスケードが実臨床の高齢者集団で頻繁に起こり、医療システムとして優先的に対策すべきなのかを定量的に順位付けする情報が不足していた。
そこで著者らは、2025年の国際専門家Delphi consensusで同定された65種類のPIPCを、オンタリオ州の大規模な実臨床データで検証した。

Methods

研究デザインは**population level retrospective cohort study(集団レベル後ろ向きコホート研究)**である。
解析母集団は、カナダ・オンタリオ州の医療行政データに含まれる地域在住高齢者で、2022年1月1日時点で生存していた66歳以上の2,297,942人である。
2025年の国際専門家Delphi consensusによって挙げられた65種類の潜在的不適切処方カスケードを対象とした。それぞれのカスケードについて、解析期間中に起点薬および後続薬を新規使用した人を解析した。
主な評価軸は3つである。
  1. Population prevalence:処方カスケードの起点となる薬剤が、高齢者集団の中でどの程度使用されているか
  1. Incidence:起点薬使用後に後続薬が処方される割合
  1. Temporal association:起点薬→後続薬という順序が逆の順序より多いか
3番目については、prescription sequence symmetry analysis(PSSA)から得られるadjusted sequence ratioを使用した。
最終的な優先カスケードの基準は、起点薬の有病率**≥5%、カスケード発生率≥1%、adjusted sequence ratio >1で、各指標の95% CI下限が閾値を超えること**とした。また、男女別解析も実施した。

Results

対象者は2,297,942人で、全員66歳以上、54.3%が女性であった。
65種類の候補カスケードのうち、**24種類、すなわち37%**が3つの優先基準すべてを満たした。
優先リストにおいて、起点薬として最も集団有病率が高かったのは心血管系薬剤であり、薬剤クラスによる範囲は**19.0–65.9%**であった。
特に発生率が高かった3つは以下である。
  • 鉄剤 → 下剤:11.9%(95% CI 11.7%–12.1%)
  • HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン) → 鎮痛薬:10.9%(10.7%–11%)
  • コリンエステラーゼ阻害薬 → 睡眠薬:10.3%(9.9%–10.7%)
一方、adjusted sequence ratio、つまり「起点薬が先で後続薬が後」という処方順序の偏りが最も強かったのは、
  • コルチコステロイド → 抗精神病薬:2.55(95% CI 2.47–2.64)
  • 下剤 → 止瀉薬:2.53(2.43–2.65)
  • コリンエステラーゼ阻害薬 → 制吐薬:2.24(1.90–2.65)
であった。
男女別に解析すると、多くのカスケードではadjusted sequence ratioは概ね一致していた。ただし、SSRIまたはSNRI → 過活動膀胱治療薬のカスケードでは性差が認められた。
男性では 1.21(95% CI 1.10–1.33)、女性では **1.02(0.96–1.09)**であり、男性でより明確な時間的関連がみられた。

Discussion

本研究の重要な点は、「理論上起こり得る処方カスケード」を列挙するだけではなく、実際に約230万人の高齢者集団において、どのカスケードを優先して検討すべきかを定量化したことである。
特に、単純な発生頻度とsequence ratioは同じ意味ではない。例えば鉄剤→下剤は発生率が11.9%と非常に高い一方で、コルチコステロイド→抗精神病薬はadjusted sequence ratioが2.55と高く、時間的な処方順序の偏りが強い。
したがって、「多数の患者に影響を及ぼすカスケード」と「時間的関連が特に強く、薬剤関連性を疑うべきカスケード」を分けて考えることができる。
ただし、これらの組み合わせが見つかったからといって、後続薬がすべて不適切であることを意味しない。患者ごとに後続薬に独立した医学的適応が存在する可能性があり、PSSAは因果関係そのものを証明する解析ではない。
著者らの結論は、今回得られた24種類の優先PIPCを、処方・減薬介入や医療政策、個々の患者の薬剤レビューに利用することで、高齢者の薬剤安全性を改善できる可能性があるというものである。

Novelty compared to previous studies

最大の新規性は、処方カスケードを単に「存在する/しない」で扱うのではなく、
①起点薬の集団有病率 ②後続薬処方の発生率 ③処方順序の時間的関連性
の3軸を組み合わせ、65種類から24種類のhigh-priority prescribing cascadesを選別したことである。
さらに、約230万人という非常に大きな実臨床高齢者集団を対象とし、男女別にsequence ratioを検証している点も重要である。特に、SSRI/SNRI→過活動膀胱薬について男性1.21、女性1.02という差が示されたことは、一律の警告ではなく患者属性を考慮した薬剤レビューにつながる可能性がある。
従来の専門家合意による「候補リスト」を、実臨床データを用いて「介入の優先順位リスト」に変換した点が、本研究の実装上の大きな進歩である。

Limitations

本研究には複数の重要な限界がある。
第一に、医療行政データからは、なぜ後続薬が処方されたのかを個々の患者について確定できない。したがって、起点薬による副作用を治療するために後続薬が処方されたのか、それとも独立した別疾患の適切な治療だったのかを完全には区別できない。
第二に、PSSAは時間的な処方順序を利用するスクリーニング手法であり、因果関係を証明するものではない。時代による処方傾向の変化などの影響を受ける可能性もある。
第三に、解析上の一定期間を用いることで、死亡や州外転出などがあった患者では実際のリスク曝露期間が過大評価される可能性がある。
第四に、市販薬(over-the-counter medications)が含まれないため、例えば市販薬によって形成されるカスケードは捉えられていない可能性がある。
第五に、本研究は基本的に2剤間のカスケードを扱っており、3剤以上に連鎖する複雑な処方カスケードは十分に評価されていない。
第六に、対象はオンタリオ州の66歳以上の高齢者である。そのため、若年者や他国・他医療制度への一般化には注意が必要である。また、raceやgenderに関する利用可能なデータの制限もある。

Potential Applications

最も直接的な応用は、高齢者の**medication review(薬剤レビュー)**である。今回の24種類をチェックリストとして利用すれば、医師や薬剤師が「この新しい症状は新しい疾患なのか、それとも既存薬の副作用なのか」を確認するきっかけになる。
例えば、鉄剤を服用している患者に下剤が追加された場合、単に便秘薬を継続するのではなく、鉄剤が便秘を引き起こしていないか、鉄剤の必要性や種類・用量を再評価する余地がある。
また、電子カルテや処方支援システムに24種類の高優先度PIPCを臨床意思決定支援アラートとして組み込むことも考えられる。ただし、単純に警告を大量表示するとalert fatigueを生じるため、今回の有病率・発生率・sequence ratioによる優先度情報を利用して警告対象を絞ることに価値がある。
さらに、薬剤師を処方プロセスにより深く組み込み、医師と共同で処方カスケードを検出・減薬する体制にも応用できる。研究者ら自身も、今回の優先リストは個人レベルおよび集団レベルのprescribing/deprescribing initiativesや薬剤安全政策に活用できるとしている。