【補足】5-1 免疫抑制薬

 
まず、初めに免疫系の復習から。
「疫」を「免れる」(まぬがれる)と書くように、外界の異物から、自己を守るための反応が、免疫反応である。
侵入した異物は、貪食され、その情報が、ヘルパーT細胞に伝えられる。ヘルパーT細胞は、更に免疫系を活性化して、細胞免疫や液性免疫の働きで防御される。
免疫系の活性化で、重要な役割を果たすのが「サイトカイン」である。
サイトカインは、主に免疫系の細胞から分泌される低分子のタンパク質であり、細胞間の情報伝達の役割を担っている。
(参考)細胞の情報伝達に関与する物質 ・神経伝達物質:神経細胞のシナプス間での刺激伝達に関与している〔きわめて近いところで伝達〕 ・サイトカイン:免疫細胞が周囲にサイトカインを放出して、周りの細胞に影響を及ぼす〔近いところで伝達〕 ・ホルモン:ホルモンが血流で運ばれて、目的の臓器等で効果を発揮する〔遠いところにも伝達できる〕
①異物が侵入すると、自然免疫が迅速に対応する。異物を貪食し、その情報を司令塔であるヘルパーT細胞に伝える。
②ヘルパーT細胞は、サイトカインを放出し、免疫細胞を活性化させる。
活性化される免疫反応は、二つに大別できる。
③細胞障害性T細胞などが、直接、異常な細胞を攻撃する細胞性免疫
④B 細胞は形質細胞に変換し、抗体を産生する。
⑤抗体が異物を攻撃する液性免疫
免疫反応は、異物から自己を守るために必要な反応ではあるが、過剰な免疫反応は、さまざまな症状や疾患を引き起こす。
臓器移植された移植片を攻撃すると、拒絶反応が起こる。
自己を、誤って非自己であると認識して攻撃することで起こる、自己免疫性疾患。
これらの治療のために、免疫抑制薬が用いられる。
免疫抑制薬の作用機序
◯副腎皮質ステロイド薬
抗炎症作用・免疫抑制作用を持ち、臨床でもよく用いられる重要な薬である。
核内受容体に結合し、炎症・免疫作用に関する生体反応のスイッチをオフにする。
(詳細は、後述する)
◯カルシニューリン阻害薬
シクロスポリン
タクロリムス‥(日本で生まれた薬。臓器移植を成功するために非常に重要な薬)
カルシニューリンは、細胞内での情報伝達に関与している酵素であり、主に脳神経系に存在しており、免疫など、さまざまな生命現象に関与している。
ヘルパーT細胞は、サイトカインを放出して、免疫反応を活性化させる。その一つ、インターロイキン-2(IL-2)は、細胞性免疫を活性化させる。
カルシニューリンを阻害することで、IL-2 による細胞性免疫の活性化を抑制するため、免疫反応が抑制される。
◯代謝拮抗薬
ヘルパー T 細胞からの活性化の指令を受けて、免疫系の細胞が増殖し、免疫反応を起こす。
そのため、免疫細胞の細胞増殖を阻害することで、免疫反応が抑制される。
◯mTOR 阻害薬
mTOR とは、細胞増殖や血管新生に関与している。mTOR が活性化されると、細胞が増殖する。
免疫細胞の増殖を阻害することで、免疫反応を抑制する。
※作用機序を聞くと、抗癌薬と免疫抑制薬は似ていると感じると思いますが、その通り。
同じ薬が異なる用量で、免疫抑制薬・抗癌薬として使われているものもある。
したがって、共通する副作用として、増殖が盛んな細胞が減少する=血球減少などに注意しながら使用する。
エベロリムス(サーティカン (R))・・免疫抑制薬 1.5~3mg/day
エベロリムス(アフィニトール (R))・・抗癌薬 10mg/day
◯抗体薬
免疫細胞の表面抗原を標的とした抗体薬も用いられる。
免疫抑制薬に共通する有害事象
◯感染症 免疫抑制薬を使用している間は、感染症に注意が必要である。 ・反復感染重症感染・・・重篤化する可能性がある ・日和見感染症・・・免疫不全状態のため、日和見感染症の可能性 ・潜伏感染の活性化 治療前に、潜伏感染(結核、単純ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、B型肝炎ウイルスなど)の有無を検査し、ある場合は、予防的に投薬することもある。
対策として ・感染症の予防 ・感染症の兆候がある場合、早めに医療機関を受診:発熱、咳など ・定期的に検査:血液検査、胸X線 など
タクロリムス
臓器移植などのために、非常に重要な薬であるが、有効血中濃度域が狭く、薬物体内動態に個人差が大きいため、TDM の対象薬剤である。
<特に代表的な有害事象>
・腎障害
長期にわたって使用すると、腎毒性がある。
相互作用や、下痢・脱水の影響で、血中濃度が高くなったときに、リスクも増加する。
初期症状として、尿がでにくい、体がむくむ、疲れやすい、目が腫れぼったい、などに注意が必要である。
・中枢神経系障害
頻度は高くないが、カルシニューリンは神経系に存在するため、中枢神経系障害を引き起こすことが多い。もっとも多い症状は、振戦・けいれんである。
<薬物体内動態の特徴>
・CYP3A4 で代謝される
※グレープフルーツの摂取を含め、相互作用が多いので、併用薬剤の確認が必要
サプリメントの使用なども把握した場合、必ず、チームで共有を!
・ほとんどが血球内に存在する(99%)→TDM をするときは、血漿ではなく、全血試料を用いる
※採血管を間違えないように
 

副腎皮質ステロイド薬

副腎皮質ステロイドは、本来、体内で産生されている生理活性物質である。
「副腎」の「皮質」で産生されている「ステロイド」ホルモンであるため、副腎皮質ステロイドと呼ばれる。
強力な抗炎症作用と免疫抑制作用を持っており、臨床でもよく用いられる薬である。
副腎皮質ステロイドの受容体は、核内に存在している(=ステロイドは、脂溶性が高く、細胞膜を通り抜けて侵入する)。受容体に結合し、炎症反応を抑制する。
 
化学構造として、ステロイド骨格を持つので、ステロイドと呼ばれる。 副腎皮質で作られているステロイドには3つある。 ・コルチゾール  糖質コルチコイド(グルココルチコイド)の一つ。  ・肝臓での糖新生を促進して、血糖値を上げる  ・組織の炎症反応を抑制する ・アルドステロン  鉱質コルチコイドの一つ  ・電解質の調節 →(参照)血圧降下薬(降圧薬) ・アンドロゲン  男性ホルモンの一つ  ・二次性徴などに関与
治療薬である副腎皮質ステロイド薬は、糖質コルチコイド作用を持つように開発されているが、一緒に鉱質コルチコイド作用を持つ(程度は、薬によって異なる)。
(糖質コルチコイド作用)
・抗炎症 ・抗アレルギー ・免疫抑制 ・糖質・タンパク・脂肪代謝  →(副作用)高血糖、中心性肥満、動脈硬化性疾患
(鉱質コルチコイド作用)
・水・電解質代謝  →(副作用)高血圧、電解質異常
 
副腎皮質ステロイド薬は、臨床でもよく使われる重要な薬である。
免疫抑制作用などを目的に使う場合、治療が長期間に及ぶため、副作用に注意が必要である。
①副作用対策を行いながら使う
(1) 服用方法の工夫:不均等投与
(2) 予防的に投薬をする、定期的に検査をする
②勝手にやめない
減薬のときは漸減(徐々に)
 
副腎皮質ステロイド薬の有害事象
◯ステロイド離脱症候群
本来、体内で産生されている物質である。分泌は上位中枢から命令され、調節されている(右側)。
副腎皮質ステロイド薬を長期間使用すると、体内には十分あるから作らないように、と負のフィードバックがかかる(長期使用時は、副腎皮質刺激ホルモン ACTH の分泌は抑制されている)。
そこで、自己判断で急に辞めると、「作るな」という状態なので、体内の副腎皮質ステロイドが不足して、ステロイド離脱症候群が出る。
しかし、飲み始めたら一生やめられない、というわけではない。症状が落ち着いてきたことを確認し、休薬するためには、徐々に減量する(漸減投与)。徐々に減量すると、負のフィードバックも徐々に解除されるため、体内の副腎皮質ステロイドを回復させながら、減薬する。
 
◯副腎皮質ステロイド薬の有害事象まとめ
長期投与した場合、クッシング症候群と同様の全身症状が起こる可能性がある。
(糖質コルチコイド作用) ・抗炎症 ・抗アレルギー ・免疫抑制 ・糖質・タンパク・脂肪代謝  →(副作用)高血糖、中心性肥満、動脈硬化性疾患
(鉱質コルチコイド作用) ・水・電解質代謝  →(副作用)高血圧、電解質異常
(例)白内障・緑内障の対策 ステロイド軟膏などを顔面に塗る場合 ①体よりもグレードの低い薬を選択する(できるだけリスクの低い薬で治療) ②定期的に眼科を受診する(早期発見) ※ということが行われています
 
感染症
副腎皮質ステロイドの長期投与に伴い起こる可能性がある。
〔発生機序〕糖質コルチコイドには、免疫抑制作用のため
〔対策〕基本的な感染対策の上、定期的な検査や予防投薬が行われる(前述の免疫抑制薬と同様)
投与前に潜伏感染(結核、B型肝炎)の有無を検査する
リスク↑:プレドニゾロン(PSL)換算で積算量 700mg を超えると感染症の発症率が上昇
骨粗鬆症
副腎皮質ステロイドの長期投与に伴い起こる可能性がある。
〔発生機序〕骨代謝・カルシウム代謝に影響するため、骨密度が低下する。
〔対策〕骨粗鬆症治療薬であるビスホスホネート製剤を投与する場合がある。
リスク↑:プレドニン換算で1日に7.5㎎以上服用している
ムーンフェイス(満月様顔貌)
中心性肥満
副腎皮質ステロイドの長期投与に伴い起こる。(比較的頻度が高い)
〔発生機序〕食欲の亢進や、脂質代謝に影響するため。
ただし、この症状については、治療後、ステロイドが減量できると、回復する症状である。
患者様の心理的負担は大きいため、あらかじめ説明し、治療後、ステロイドを減量すると、回復することを説明しておく必要がある。
ステロイド筋症
副腎皮質ステロイドの長期投与に伴い起こる可能性がある。
〔発生機序〕骨格筋が萎縮することで筋力が低下する。
〔対策〕治療・予防のため、理学療法が行われる。
これも、治療後、ステロイドの減量にともない、回復すると言われている。
糖尿病(ステロイド糖尿病)
投与開始後、比較的早期から起こる副作用症状である。
〔発生機序〕糖新生を促進するため、血糖値が上昇する
動脈硬化性疾患
少量でも起こると言われているため、用量にかかわらず、注意が必要である。
〔発生機序〕脂質代謝に影響するため、または、動脈硬化を直接促進するために起こると言われている。
いずれも、起こるものとして、対策が必要であり、治療薬を投与することもある。
※ステロイドはがん治療にも用いられることがある。がん治療においては、体重減少を防ぐことが大切であるため、「体重が増えないように」というものには当てはまらない
胃潰瘍(ステロイド潰瘍)
〔発生機序〕胃粘膜保護作用があるサイトカインの産生も阻害されるため、胃潰瘍が起こる可能性がある。
胃粘膜保護作用のある薬剤が併用される。
精神神経症状
投与開始後、比較的早期から起こると言われている。
対策として、不均等投与が行われる。
副腎皮質ステロイドは、本来、体内で産生されている物質であるが、日内リズムがある。つまり、朝に分泌され、夜の分泌量は少ない。このリズムに合わせて、投与することで、不眠などの副作用が防止できると言われている。
例えば、1日6錠 (30mg/day) の場合、朝食後3錠、昼食後2錠、夕食後1錠、というように、不均等に投与されることがある。