抗うつ薬
|薬効群
抗うつ薬(第二世代)
第二世代のうち、特にSSRIとSNRIが食欲不振・消化器症状を起こしやすい。
- 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
- エスシタロプラム(レクサプロ®)
- セルトラリン(ジェイゾロフト®)
- パロキセチン(パキシル®)
- フルボキサミン(デプロメール®、ルボックス®)
- セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
- デュロキセチン(サインバルタ®)
- ベンラファキシン(イフェクサーSR®)
- ミルナシプラン(トレドミン®)
消化器症状の発現頻度:吐き気・嘔吐 20~30%、下痢または便秘 10~20%、食欲不振 10~15%。投与開始後1~2週間に多く、通常4週間程度で耐性が得られる。
|作用機序
SSRI・SNRIによる食欲不振・消化器症状は、主に以下の機序で生じる。
(1) 末梢性(消化管)
- 腸管のセロトニン濃度上昇 → 5-HT₃受容体刺激 → 腸管蠕動促進・腸分泌促進 → 悪心・下痢・腹痛
- 腸管粘膜のenterochromaffin細胞からのセロトニン放出が消化管運動と嘔吐反射に関与(セロトニンの約90%は腸管に存在)
- 迷走神経求心路を介して中枢の嘔吐中枢へ刺激が伝わる
(2) 中枢性(嘔吐中枢・摂食中枢)
- 延髄の化学受容器引金帯(CTZ)や孤束核(NTS)へのセロトニン作用 → 中枢性嘔吐反射経路の刺激
- 視床下部の摂食中枢におけるセロトニン濃度上昇 → 食欲抑制ニューロン(POMC/CART)の活性化 → 食欲低下
- セロトニンは5-HT₂C受容体を介して食欲を選択的に抑制する作用もある
(3) タンパク質・アミノ酸代謝への影響
- 食欲抑制により食事摂取量が低下すると、セロトニンの原料であるトリプトファン(必須アミノ酸)の摂取も減少
- セロトニン合成の原料不足がさらなる食欲低下の悪循環を形成する可能性がある
消化器症状・食欲不振は投与開始後1~2週間に最も多く、通常2~4週間で耐性が得られる。抵うつ効果の発現(2~4週間)より前に副作用が出現するため、患者への事前説明が重要。
|薬剤別の消化器症状の特徴
| 薬剤 | 消化器症状 | 特徴 |
|---|---|---|
| エスシタロプラム | 比較的多い | 悪心が初期に目立つが、耐性形成が比較的早い |
| セルトラリン | 比較的多い | 下痢が目立つことがある |
| パロキセチン | 中程度 | 抗コリン作用による便秘もあり得る |
| デュロキセチン | 比較的多い | 悪心が特に多い(約23%)、食欲低下も比較的高率 |
| ベンラファキシン | 比較的多い | 悪心が用量依存的に出現しやすい |
| ミルタザピン(NaSSA) | 少ない | 5-HT₃拮抗作用により悪心が少なく、食欲増進・体重増加作用あり |
|対策
(1) 漸増投与
- 少量から開始し、消化管系副作用を回避するために少しずつ漸増する
- 抵うつ効果の発現(2~4週間)まで副作用が先行することを患者に事前説明する
(2) 薬剤の変更
- 消化器症状が強い場合、以下の変更を検討する:
- ミルタザピン(NaSSA):5-HT₃拮抗作用により悪心が少なく、食欲増進・体重増加作用があるため、低体重の高齢者には特に適する
- ボルチオキセチン(S-RIM):セロトニン受容体調節薬で、消化器症状が比較的少ない
- SSRI間の変更(例:エスシタロプラムで悪心が強い場合 → 他のSSRIへ)
(3) 服薬タイミングの工夫
- 食後に服用することで悪心を軽減できる場合がある
- 就寝前の服用で日中の悪心を回避できる場合がある
(4) 制吐薬の併用
- 必要時にドンペリドン、メトクロプラミドを併用(ただし長期連用は避ける)
- 初期の悪心に対して予防的に併用することもある
(5) 食事の工夫
- 少量頻回食、消化の良い食品を選ぶ
- 水分摂取をこまめに行う
|アセスメント
薬剤性の消化器症状・食欲不振(抗うつ薬)を疑った場合、以下の項目を確認する。
(1) 時間的関連性
- 抗うつ薬の開始時期・増量時期と症状出現が一致するか?
- 投与開始後1~2週間以内の発症か?
- 減量・中止後に症状が改善したか?
- 2~4週間の継続投与で耐性が得られたか?
(2) 消化器症状の評価
- 悪心・嘔吐:頻度・程度・出現タイミング
- 下痢または便秘:排便習慣の変化
- 腹痛:部位・程度・食事との関連
- 食欲不振:食べたいという意欲の低下の程度
(3) 食事摂取の評価
- 食事摂取量の変化:悪心や食欲不振により食事量が減少していないか
- 体重の推移:意図しない体重減少がないか
- 低栄養のリスク:特に高齢者ではサルコペニア・フレイルの進行に注意
- トリプトファン摂取:タンパク質摂取が不足していないか
(4) 精神症状との鑑別
- うつ病自体による食欲不振との鑑別:うつ病の症状としての食欲低下が薬剤開始前からあったか?
- 気分の変化との関連:気分が改善しても食欲不振が残る場合は薬剤性の可能性が高い
- 賦活症候群:投与初期の不安・焦燥感・不眠の有無(特に若年者で注意)
(5) 中断症状の確認
- 急な減量・中止後に悪心・嘔吐が出現した場合、中断症候群(離脱症状)の可能性
- 特にパロキセチン、ベンラファキシンで起こりやすい
- 漸減が必要:急な中止は避ける
(6) 他の原因の除外
- 消化器疾患(胃潰瘍、胃炎、機能性ディスペプシアなど)の合併
- 他の薬剤による消化器症状(NSAIDs、抗菌薬、メトホルミンなど)
- セロトニン症候群の可能性(特にセロトニン作用薬の併用時)
薬剤性を示唆する所見のまとめ
- SSRI・SNRIの開始・増量と食欲不振・消化器症状の出現に時間的関連がある
- 悪心・食欲低下が主たる症状で、投与開始後1~2週間に発症した
- うつ病自体による食欲不振ではなく、薬剤開始後に新たに出現した
- 減量・中止後に症状が改善した、または継続投与で4週間程度で耐性が得られた