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降圧薬

 
Q. 降圧薬治療は認知機能低下リスクがあるのか?
A. 降圧薬治療と認知機能低下リスクについては、誤解されていることが多いです。
現在では、高血圧がアルツハイマー型認知症のリスクであるため、降圧薬治療をすることによって、認知症を予防するメリットの方が高いと考えられています。
ただし、高齢者においては、他の副作用が出現する可能性を考慮して、使用する降圧薬の種類・用量を考慮した上で使用されています。
「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015」
  • 降圧薬治療による認知機能低下リスクについて、記載なし
高血圧と認知症
  • 高血圧は脳血管性認知症のリスク因子であるほか、アルツハイマー病も高血圧との関連性が報告されている(高血圧ガイドライン)
  • 降圧薬治療と認知機能の関連について
    • 降圧薬治療によって、認知機能低下を抑える可能性が示唆されている
    • メタアナリシスによって、降圧薬使用者は、アルツハイマー病リスクが6%低下していた。この効果は、特にARBでは顕著であり、22%低下していた。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36281676/
    • 一般の高齢者を対象としたコホート研究(オランダ、133,355人)において、1988年から2022年の期間において、133,355人の降圧薬使用者のうち、4.4%が認知症を発症した中で、ACE阻害薬と比較して、ARB(HR=0.86)、CCB(HR=0.77)、サイアザイド利尿薬(HR=0.65)が認知症リスクを有意に低減させた。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38800111/
  • ただし、高齢者には注意が必要な降圧薬がある(他の有害事象との関連)
    • 中枢性降圧薬:
    • α遮断薬:高齢者では起立性低血圧に特に注意
    • β遮断薬:高齢者において禁忌や使用上の注意が必要な場合が多いため、慎重に投与
      • 呼吸器疾患の悪化に注意
 

有害事象

|薬効群

降圧薬

|作用機序

 

|対策

 
 

ランダム化比較試験での降圧介入と認知機能・認知症発症

  • SYST-EUR 試験(Systolic Hypertension in Europe Study)
    • 高齢の収縮期高血圧患者で、降圧薬(主にカルシウム拮抗薬)群はプラセボ群と比べて認知症発症リスクが55%低下(3.3 vs. 7.4件/1,000人年, p<0.001) PubMed
  • PROGRESS 試験
    • 再発脳卒中予防を目的としたペリンドプリル介入群で、プラセボ群に比べ認知機能低下リスクが19%減少(95% CI 4–32%, p=0.01) PubMed
  • HOPE 試験
    • 心血管イベント予防研究のサブ解析で、降圧薬使用群は脳卒中に伴う認知障害リスクが41%低下(95% CI 6–63%)する傾向を示した PubMed
→ これらの試験結果をもとに、「降圧薬は認知症発症抑制に寄与する」のではないかとの見解が広まりました。
 
 
 
高血圧は加齢性認知機能低下や認知症の重要なリスク因子であり、血管性認知症のみならずアルツハイマー型認知症のリスク増大にも関与するとされています。高血圧による慢性的な血管内皮障害や微小循環不全が脳の白質病変や脳萎縮を引き起こし、認知機能低下を促進します。Pacholko A, Hypertension. 2024
  1. 降圧治療は認知機能低下リスクを低減
      • 複数のメタアナリシスで、降圧薬を用いた血圧コントロールは認知症あるいは軽度認知障害(MCI)の発症リスクを有意に低下させることが示されています。たとえば、JAMAに掲載された解析では、降圧療法により認知機能低下・認知症リスクが約21%減少したと報告されています。Hughes D, JAMA. 2020
      • BMJ Openの研究でも、高齢者への高血圧治療は認知機能低下を悪化させるエビデンスはなく、むしろ進行を抑制する可能性が示唆されています。Gupta A, BMJ Open. 2020
  1. 集中的降圧によるさらなる利点(SPRINT‐MIND試験)
      • SPRINT‐MIND試験では、収縮期血圧を〈120 mmHg〉まで強化管理した群が〈140 mmHg〉標準管理群と比較して、MCI発症率が約19%低減し(HR 0.81; 95% CI, 0.69–0.95)、認知機能低下の抑制効果が認められました。Williamson JD, JAMA. 2019 [SPRINT MIND]
  1. 薬剤クラス別の効果
      • カルシウム拮抗薬(CCB)やレニン‐アンジオテンシン系阻害薬(ACE阻害薬、ARB)は、特に認知症予防効果が高いとする報告があります。CCBやARB使用者は、ACE阻害薬/β遮断薬使用者と比べて認知症リスクが12~17%低かったというネットワークメタ解析もあります。Rouch L, CNS Drugs (2015)
  1. 過度降圧・低灌流への注意
      • 高齢者や自律神経障害のある患者では、過度な血圧下降による一過性の脳低灌流が認知機能障害を引き起こす懸念があります。しかし、現時点の大規模ランダム化比較試験では、降圧治療そのものが認知機能を悪化させたという報告はありませんGupta A, BMJ Open. 2020。臨床では「適切な降圧目標設定」と「起立性低血圧モニタリング」が重要です。
結論
現行のエビデンスでは、適切な降圧治療は認知機能低下や認知症発症リスクをむしろ低減させる効果が示されており、過度降圧に注意しつつ血圧管理を行うことが推奨されます。
 

一部で見られた「関連なし」報告

  • HYVET-COG 試験(2008年、Lancet Neurology)
    • 超高齢者(80歳以上)を対象に降圧薬介入を行ったところ、認知症発症率の低下は統計的に有意ではありませんでした(人数が限られていたこと、主要評価項目が認知機能ではなく心血管イベントであったこと等が背景) ウィキペディア
  • この結果をきっかけに「高齢すぎると降圧しても認知症予防にはつながらないのでは?」という議論が一時期ありましたが、 中年期~初老期(45~65歳)の高血圧管理は依然として認知症予防の要 と考えられています。
 

なぜ、誤解されたのか?

主に以下のような理由で、「降圧治療が認知機能低下を招く」という誤解が生じやすかったと考えられます。
  1. 血圧と脳血流の“Jカーブ”懸念
      • 血圧を下げすぎると、脳への血流が不足し一過性の脳低灌流を引き起こす可能性があります。特に高齢者や自律神経障害のある患者さんでは、起立性低血圧や過度降圧によるめまい・失神エピソードが報告されており、そこから「認知機能も悪化するのでは?」と連想されやすかったのです。
      • しかし大規模RCT(SPRINT-MINDなど)では、むしろ強化降圧群で認知機能低下のリスクが低下しています。
  1. 観察研究での“逆因果”や交絡因子
      • 高齢者を対象にした横断的・後ろ向きコホート研究で、低めの収縮期血圧が認知症と関連するというデータがあったため、「低血圧=認知症促進」という誤解が生じました。
      • しかし実際には、認知症の進行そのものが食欲低下や体重減少、動脈硬化の進行を通じて血圧を下げるケース(逆因果)が多く、単純に「血圧が低いと認知症になる」とは言えません。
  1. サブグループや副作用報告のメディア報道
      • 降圧薬の副作用として「ふらつき」や「めまい」が取り上げられやすく、それが「認知機能の低下」と混同されがちでした。
      • メディア記事や患者向け情報で「めまいがしたら認知力も落ちる」といった煽りが、一部で過剰に広まってしまった面もあります。
  1. 高齢者個別の“適切目標”が確立される前だった
      • 2010年代前半までは、高齢者の降圧目標や頻回な体位変換時の血圧管理に関するガイドラインが十分に整備されておらず、医療現場での運用が曖昧でした。
      • 過度な血圧低下を避ける具体的な指針が整う前は、「難しいバランスを取る治療」として誤解が残りやすかったのです。
まとめると、血圧を適切にコントロールすれば認知機能低下リスクはむしろ低減しますが、「血圧を下げすぎると脳血流が心配」という生理的懸念や、観察研究の誤った因果解釈、そしてガイドライン整備前のあいまいさが相まって、一時的に誤解が広まってしまった、という流れです。